(No.5)強要と共鳴

 

 親子関係であれ、夫婦関係であれ、また仕事の関係であれ、相手にこうして欲しいという思いをどうすれば効果的に伝えられるか、思案したことはないでしょうか。  イソップ物語に、北風と太陽が、旅人の外套をそれぞれの方法で脱がせようとする話がありますが、今回お話しする「強要と共鳴」もそれに似たところがあるかも知れません。  まず、最初に料理の話をさせていただきますが、みなさんがよくご存じの二種類の調理法についてお話しします。  一つは、フライパンや鍋を使って料理する昔ながらの料理法です。それは料理する材料の外側に熱が加えられて、熱はゆっくり中に通ってゆき、中がよい状態になるまで続きます。たとえばステーキを焼く場合を考えてみてください。外側は先に焼けて茶色になりますが、中はまだ生です。熱は外側に衝撃を与えて、次第に中に浸透してゆきます。外側が一番熱くて中側がちょうどよい温度になったときが食べ頃です。  もう一つの調理法は二十世紀になって登場した新しい調理法です。それは電子レンジを使った調理法です。電子レンジはマイクロ波と言う電波を使って食材を中側から加熱します。ですから外側が加熱されるのと同じ早さで中側も加熱されます。これはマイクロ波と言う電波が食物中の分子を振動させて熱を生じさせるためです。それはちょうど、寒いときに人がぶるぶるふるえることによって体温を上昇させるのと同じような原理です。食材に熱を加え、外側から強制的に温めようとするのとは違い、食材が自分で熱を出すようにしむけるのです。そこで応用されているのが共鳴という原理です。マイクロ波の振動にあわせて食材の分子が振動を始める共鳴現象を利用しているのです。  さて本題に戻りたいと思いますが、人を動かしたいと思うとき、同じように二つの方法が考えられます。一つは「○○しなさい!」と強要する方法。もう一つは「私も○○したい!」と相手が自ら思うように共鳴させる方法です。それぞれの方法に特徴があります。  『強要』は言ったことがよく相手に伝わる場合、効果があります。非常に単純明快な方法です。しかし伝達率が悪いときにはあまり効果がありません。いくら熱弁を振るっても相手はさめたままで、ついにはしゃべっている方の熱が上がりすぎて爆発してしまうかも知れません。  一方、『共鳴』による方法は、『強要』では伝わらない人に対しても大きな効果を発揮します。しかしながらこの方法は準備なしにできるような簡単なものではありません。相手に共鳴を期待するなら、まず相手をよく知らなければなりません。相手の最も共鳴しやすい波長を知らなければ波を送っても反応はしません。ですから一にも二にも、相手を理解しようと努力すること、話すこと以上に、耳を傾けることです。  そして、もう一つ付け加えるならば、人が持っているさまざまな波長の中で最も深い共鳴を起こすのは、それは「苦しみ」という波長です。どんな幸福そうな人でも、心の奥底には、なにがしかの悩みや苦しみを持っています。その苦しみを受け止め、理解し、共に苦しんでくれる者と出会ったとき、人は最も大きな、心の共鳴ということを経験すると言っても過言ではないと思います。それほど「苦しみ・悲しみ」という感情は人の心の奥深いところに確固たる位置を占めて存在しているのです。

 
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